35歳にして念願の店を持ったが数ヶ月で・・・

静岡市ではちょっと知 れた居酒屋チェーン店で調理を担当してきたK氏は30代半ばでいよいよ 自分の店を持つことになりました。

資金の都合で郊外のレ ストランを居抜きで購入してオープンしたものの来店するお客様は自分 の知人がパラパラといった状況でした。

そこで知人から紹介さ れた飲食店コンサルティング会社に相談し、居抜の店舗のままではダメ、 今流行のスタイルリングの店舗に改装すべきとの助言を信じ、その会社 が資金の調達までもて手伝ってくれるとの話しに飛びついた。なんと居 抜で店舗を買ってからわずか6ヶ月たらずの時でした。

新装開店当月はコンサ ルタント会社の指導で折込チラシを入れたお陰か、そこそこのお客様の来 店があり損益分岐点売上を達成したのですが、翌月からはまた元の 「閑古鳥」状態に陥ってしまったということでした。

たまたまその店でアル バイトをしていた女性の父親と私が友人同士でしたのでその友人から「なんと かならないか」と依頼されたのがきっかけです。

良かれと判断して改装 をしてみたが結局借金だけが増えただけ・・・・。

k氏の置かれている状 況はそんなところでした。

新たに借金をしてし まったために損益分岐点は通常より高くなってしまっています。

そこまでの売上をつく るもらえるお客様を獲得するにはどうすればいいのか。

そして、それまでにど れほどの日数を要するのか。

通常、お客様の開拓に は時間がかかるものだが、この店ではのんびりやっていたらその間に資金繰りに窮 してしまう。

では、まず何から始めるのか。

私が最初にアドバイス したのは、現在のお金の支出を少なくするという方法でした。

借金をしている金融機 関のリストを見て、リスケをお願いする順番を教え、最初の金融機関での トーク、次の金融機関でのトークを細かく指導しました。

次に家賃。

大家さんに せめて1ヶ月間の繰り延べをお願いする方法を指導します。

そして、その後に酒屋 さんなどの仕入れ業者への協力のお願いの仕方も指導。

これだけで当月から翌 月にかけて、また、借入金においてはその大部分が返済猶予になったおかげで、とにかくも一年間は損益分岐点を下げることができました。

とりあえずの止血処理 ができたところで、こんどはお客様の確保の対策です。

そのために重要になる のは、そのお店のいい所を発見するということ。

料理の味は・・?

オーナーの感じは・・?

スタッフは・・・?

店の雰囲気は・・?

と、この店の今現在 持っているいいとこ探しをしていきました。

その結果、私が一番に 挙げたのはK氏の人なつっこいキャラクターでした。

料理の味もよかったの ですが、何といってもこの店の一番はK氏です。

そこで、近隣の住民に 宛てたk氏の人柄をアピールした手書きのチラシを作成してもらい、それを10枚ずつコン ビニでコピーをし毎晩ポスティングを行ってもらったのです。

1日100円の宣伝と いうことです。

私はマーケティングは テストの繰り返しだと考えています。

絶対に当たるチラシな ど本来存在しません。

テストを繰り返しなが ら書き直し、当たりが出るまでは少予算で行っていきます。

K氏にもそのことを伝え、反応があるまで、チラシのコンテンツを微調整しながらやり続けるようにと釘 を刺すように指導しました。

やり始めて2週間ほど たったある日、K氏から電話がありました。

昨日、そのチラシを手 にした近所の男性が来店し、「このチラシを書いた のは誰だ」と聞いてきたということでした。

k氏はてっきり勝手に ポスティングしたのを咎めにきたと思ったのですが、話は逆でした。

その男性は、「近所に あんたみたいな人が店をやっているなんて知らなかった。

このチラシを見てあん たに逢いたくて来た。

これから贔屓にするから是非がんばって!」

という言葉を言ってく れたということでした。

電話からの彼の声は少し涙ぐんでいるように思えました。

私は、早速そ の反応がとれたチラシを予算を組んでポスティングするように指示しました。

結果その手書きのチラ シは30%を上回る反応を見せることになりました。

次は、そのチラシで来店してくれたお客様をお馴染さまにすることです。

私はk氏に来店客から 個人情報をいただく方法を考えるようにという指示を出します。

K氏は、いろいろな方 法を考え試行しある1つの効果的な方法をつくり出しました。

そして、その情報を利 用してお店発行の月間ニュースレターを送付することにしました。

もちろん、ニュースレターのコンテンツはK氏の人柄に関することばかりです。

料理の案内といった広告は一切ありません。

あくまでもお便りといった形式のものです。

K氏の店を浮上させる ための始動時に行ったことはこれだけのものです。

また、売上のすぐに損益分岐点にまで到達するものではありませんでした。

K氏においても、なかなか売上が上がってこない時期には「本当にこれでいいのか」という不安な気持ちに なったようです。

私はその不安を電話口で聞くたびに懸命に励まし、萎えそうなK氏を支え続けました。

事態は徐々に好転して いきました。

そして顧客リストの数が600に達するころからニュースレターを出すとその反応が売上に現れてくるようになってきました。

いろいろな手を打ち始めてから7ヶ月もたった頃でした。

おばあちゃんの蕎麦屋創業を支援

静岡県商工会連合会の 経営者支援エキスパートバングに登録している私は、県内の市町村商工会が地域の飲食店さんから経営相談を受けた場合に派遣されて、飲食店経営者さんのい ろいろなご相談に乗らせていただいています。

その相談の1つが、ある商工会から飛び込んできた蕎麦屋の創業アドバイスでした。

一口に蕎麦屋さんと いっても、駅のホームなどにある立喰い蕎麦屋さんから、自店でそば粉を曳いて 手打ち蕎麦を提供するお店や、蕎麦を使った料理も加えた蕎麦料理店といったものまでいろいろな業態が存在しています。

しかも、ぞれのお店が他店との違いを懸命にアピールし、凌ぎを削っている業種であり、大変難しい業界でもあ ります。

特に、最近では「蕎麦 好きが高じて蕎麦屋を始めた」という半分自分の趣味を生かした店舗が多く見受けられるようになり、ますます競争のジャンルが複雑化しています。

蕎麦業種とはそんなイ メージを持っていた私ですので、この話を受けたときには、経営者になんとか思いとどまってもらえるように説得するつもりでいました。

その理由は、まず第一に立地です。

今回のご相談者が開業 しようという場所は、山奥にある農家の自宅ということです。

同じような環境の場所 でも有名な蕎麦屋さんがないわけではないのですが、それはあまりにも特殊であり、創業のリスクは計りしれません。

これだけでも、思いとどまってもらうには十分な理由です。

しかし、それだけでは ありません。第二の理由は相談者の年齢です。

相談者は70歳を迎え ようとする女性の方です。

蕎麦屋さんというのは、昼にお客様を迎えようとするのであれば、自店で粉を曳き蕎麦打 ちからやるとなると

午前5時には起床しなくては間に合わない職業です。

そのような激務をこな せる年齢から、今回の相談者はとうに離れています。

つまり、冷たい言い方をすれば「無理!」ということです。

そんな2つの理由を胸に商工会の人に案内されて相談者の自宅に出向きました。

一通りの挨拶のあと、 蕎麦屋さんを創業するにいたった理由から話を始め、まずは、商品である蕎 麦に関してどれほどの調理技術があるのかを確認することにしました。

結論からいい ますと、全くではありませんが素人ではないかという印象です。

亡くなったご主人が蕎麦屋をやっていたのを傍で見ていて覚えたという程度です。

蕎麦米の知識も薄いし、粉をこねるときの水回しに難があるようにも聞き取れます。

「やっぱり商品力的に は無理だな」というのが私の所感であったのですが、このおばあちゃんと話 をしてるうちに、

なんとなく居心地のよい感覚に気がつきました。

そして、「うまいまず いではなく、この人の手から生まれる料理が楽しそう」という気持ちになってくるわけです。

「なんだろうこれは・・・?」と注意深く観察しながら話を進めていると、このおばあちゃんが飲食店にとってとても大切な接客力を秘めていることがわかりました。

相手のどこを見て話を するのか、話をするときの自分の姿勢はどうあるのか、話相手に笑顔をつくってもらうにはどうするのか、そして、人気者にはどうしたらなれるのか。

そんな飲食店の基本中 の基本をすべて満遍なく持っているのです。

「奥さんは、以前ご主人のやっていたお店では人気者だったのではありませんか?」

私は尋ねてみました。 すると、

「ええ、結構『オバ チャン!オバチャン!』って慕われていましてね、若い人なんか『俺の嫁さんを見せに きたぜ』なんて結婚の報告に寄ってくれたこともあったね」という答え。

ヤッパリという気持ちでした。

こうこうなると、蕎麦 づくりのことやつけ汁づくりのことなんて関係ありません。

この蕎麦屋さんの売り物は「オバチャン」ということになります。

飲食店でこれほど強い商品はありません。

欲をかかなければこれで十分やっていけます。

私は相談者に改めて尋ねました。

「おばあちゃんが蕎麦屋さんをやりたいと思ったのは、自分の蕎麦を食べてもらいたいというのはもちろんだけど、それよりも長年やってきたお客商売から離れてポカンと穴あいてしまった気持ち、ちょっと寂しいなって気持ちがあるからなんじゃないの?

おばあちゃんは人間が 大好きだし、自分を慕ってくれる人に少しでも囲まれて人生を送りたいとかんじているのではないの?」って。

「そのとおり」という お答えは聞かれませんでした。

しかし、おばあちゃんの目は私に「そうだよ」って応えているように感じました。

私は横で聞いている商工会の方に言いました。

「大丈夫です。蕎麦の 技術的なことは私の知人にいくらでも支援させます。

それよりもなにより も、この方のキャラクターを町の資産として育ててください。

商工会の青年部さんた ちにも声掛けして、街の名物オバチャンに仕立ててもらっください。

オバチャンはその役割 を絶対に担える方です。」

そして、オバチャンには「蕎麦屋ではなく蕎麦 料理店で創業してください。

しかも茶懐石料理店のように一品一品自分で調理をして自分が配膳し片付けもするというやり方を採用してみたらどうでしょう。

もちろん、完全予約制をとります。

この村の自然とオバチャンの接待を満喫する店を創ってください」

とアドバイスをして終了しました。

帰りがけにオバチャンは、「今日は遠いところをわざわざありがとうございました」と言いながら地元で捕れた天然の大生椎茸とお茶をお土産にくれました。

はじめから用意してい たようです。

こういうところがオバチャンの魅力なのだと感じ、今日はいい一日を過ごした気分で帰路につきました。

翌日から私は会う人会う人にこのオバチャンの話しです。

みんな「絶対に行く」って口を揃えていっていただきました。

そして、きっとこの人 たちも行った翌日から私と同じことをすると思います。

飲食店を開きたい料理人にストップを・・・

飲食店に勤めている人で調理に携わっている人の多くは将来自分の店を持ちたいと望んでいます。

今回の相談も創業の夢を持っている方でした。

業種は中華です。

現在は、所帯を持っていて生活を維持するために飲食業ではない職についているのですが、自分が修行をしてきた腕で一本立ちをしたいという夢を忘れることはできないでいました。

私が彼と知り合ったのは、商工会議所が開催する「創業塾」というセミナーでのことでした。

私はこのセミナーにおいてオブザバーという役割で同席させてもらっていました。

彼はこのセミナーを過去にも受講したことがあり、今度で2度目。

前回のセミナーでは、まだ自分の気持ちに踏ん切りがつかかったと言っていました。

でも2度目ということは、やはり料理職人としての何かがうずいてきたのではないでしょうか。

私に相談をかけてきたのは「創業塾」が修了して1ヶ月ほど後のことでした。

彼は私に、自分が構想している創業プランの診断を依頼してきたのです。

私は彼のプランを聞くことにしました。

彼が修行してきた料理は中華です。

しかし、中華と言いましてもその業態はいろいろです。

私はまず、彼の調理力がどれほどのものかを修行時代の話を聞くことで判断しようと考えました。

その結果、残念ではありますが、私から見た彼の調理力はやや弱いと感じたのです。

とはいえ、実際に彼の料理を食べたわけではありませんので断定はできません。

私のその時の判断は、私が長年数多くの料理人さんとお付き合いしてきたところから得た勘でした。

料理店を経営して長期的に利益を出していくためには戦略が必要なことは言うまでもありません。

この辺りの論理については「創業塾セミナー」でも耳タコレベルで聞いていたと思います。

しかし、料理店においてはその戦略よりもずっと重要なのが調理技術のレベルです。

とくに個人事業においては看板力がゼロですから、この技術力が重大な要素となってきます。

私は彼に、現段階での創業はリスクが多いのではないかと伝えました。

そして、その理由を彼に延々と話してみたのですが、どうも納得はしてもらえません。

彼にすれば「料理を食べないで何が判る」と言いたいのでしょう。

でも、私には判るのです。これは理屈じゃないのです。

しかし、理屈ではないものを彼に納得してもらうには無理があります。

私は彼を連れて私の友人の不動産屋に出向きました。

その自店での私の思いは、「まあ、たぶん失敗するだろうけど、どうしてもやりたいのなら仕方ないな。

ならば、せめて仮店舗の現在の相場でも知っておいたほうがいいかもな」

という程度のものだったのです。

ところが、ここでこの話しは大きな展開を見せたのでした。

私の友人は、今のご時勢、飲食店で利益をだすのは大変だと諭しながら、まずは、自分のつくる料理が社会に受け入れられるかどうか試してみたらどうだと言ったのです。

彼の不動産会社はコインパーキンク事業をやっていました。

通常ならダメだけど、彼がその気ならパーキング内で弁当の販売を許可してもいいということです。

軽トラのバンでその日に作った弁当を売ってみて、その評判次第で店舗を考えたらというアイデアです。

これは思わぬ展開になってきました。

移動販売の許可を申請するという手続きなどの問題はありますが、この方法ならリスクは軽減できます。

その日に売る弁当の数は自分の予算で制限できますし、売り残りを廃棄しても損は知れています。

しかも、あちこちのパーキングを移動することで、地域の人たちとの触れ合いもできます。

また、この方法であれば今の勤務を続けながら休日だけに限定すれば生活も維持できます。

この提案があって、彼はやっと冷静な判断力を取り戻したようでした。

「やりたい! どうしてもやりたい!」という焦燥感から、「試しながら考えなおそう」というスタンスに切り替わってきました。

その機を見て、私は彼にこれからの生き方においてのアドバイスをしました。

「今は現在の職場で、今の120%の力を発揮して頑張ってみてください。

いいですか? このプラス20%がどのような行動や活動なのかをいつも考えてください。あなたの背中はいつも誰かが見ています。

120%のあなたの背中を見た誰かが、きっとあなたにチャンスを運んでくるはずです。

それまでは創業の夢はあなたの胸にしまっておいてください」

今年の正月、彼より年賀メールが届きました。

昨年の暮れに職場の仲間たちに中華おせちのセットを作ってやったそうです。

大変好評だったといううれしいメッセージが書かれていました。

割烹料理店の新たなる挑戦をサポート

私が前職時代に大変お世話になった和食の料理人さん。

現在では市内に2店舗の料理店を持つ経営者です。

その経営者さんから、新規の事業についての相談がありました。

経営者は60歳を前にして、これからの自分のビジネスのありかたを考え、高齢者施設への食事提供事業を始めたいということで、あるフランチャイズに加盟したのでした。

飲食業においてのフランチャイズというのは、知名度がある看板や効率のよい業種・業態を提供してくれてこの道の素人でもある程度のビジネスチャンスのノウハウを提供するといったものです。

しかし、今回の話しはそのようなものではありません。

フランチャイズの本部には知名度もないし、特別な営業のノウハウの提供というものもありません。

このフランチャイズは、ただ本部が指定した調理工場で高齢者用に調理された加工食材を仕入れ、加盟店がそれぞれ地域の高齢者施設に販売するというだけのものでした。

しかも、顧客施設の開拓は本部は一切手を貸してはくれません。

自分の営業力で顧客の開拓をしなくてはならず、経営者の私への相談はその営業についてのことでした。

彼は私に言いました。

「自分は40年間、板前として生きてきたので、いったん店に来店したお客様に対しては満足してもらえる接客ができる自信がある。しかし、今回のような新しいお客様をつくっていくという営業は不得手なんだ」

正直な気持ちだと思います。BtoBというスタイルの営業を全く経験してこなかった彼にとって、高齢者施設に対してどのようなアプローチをして顧客化していったらよいのかは悩みの種だったことでしょう。

「それなら、やらなければよかったのでは・・・」と言ってしまうのは簡単です。

しかし、どの経営者でも同じように、新しい事業領域に進出するには、それをしなければならない複雑な事情があり、またそれまでには考えに考えてきた過程というものもあります。

そんな事情を全く斟酌しないで突き放すような付き合い方を彼とはしていなかった私は、二つ返事で「わかりました」という他はありませんでした。

彼の調理技術や味覚感覚は熟知しており、商品的にもセントラルキッチンで加工されたものにせよ、一応は彼の舌にて確認がされているわけであり、問題はないものと判断しました。

要するに、商品競争力はあるということです。

そして、この事業のコンセプトも「温かい料理の提供」という、一般的に冷めたお弁当を提供している業者さんとの差別化はできています。

問題は、いかにして自社の優れた商品をターゲット顧客に知らしめていくかということです。

この作業が、実は「営業」というものなのですが、彼はこの営業を不得手にしているのです。

不得手の彼にいくら「営業とはこうしてやるのだ」と教えても即興には習得してもらえません。

そうであれば、彼が営業をするのではなく、外部に営業マシーンを作ることしかありません。

私は、私の知っている、ある清掃ビジネスを経営している男に白羽の矢を立てました。

それは以前、男と歓談しているときに、介護施設を中心に掃除の仕事をしていると耳にしていたからです。

どんな人の話でも真剣に向き合っておくものです。

まさか、その話しが今回役に立とうとは思ってもいませんでした。

私は、その清掃会社経営者と料理店経営者をつなげ、アライアンスを組ませる計画を立てました。

これまた偶然にも両者は馬が合ったようで、すぐに打ち解けた話しになりました。

アライアンスは成功したようでした。

まもなく、清掃会社は自社の得意先の施設に「温かい給食」の話しをもちかけ、またたくまにその施設に食事を提供する運びになりました。

この話しが最初に私に来たとき、料理店の経営者は私に施設への営業をしてもらいたいという考えでした。

私も、他ならぬ彼の頼みだからしなくてはいけないかなとも思いました。

しかし、私が営業をしても、それは彼の事業を継続させていくには無理があります。

私が何らかの理由で営業ができなくなれば、彼の事業の成長はそこでストップです。

「そのうちに彼も営業ができるようになるだろう」

とは甘い考えで、不得手なものはずっとそのままです。

このようなときには、営業がずっと継続できる仕組みを構築しなくてはならず、今回はこのお手伝いをしたということです。

人と人をつなげること、これは私たちのようなサポートビジネスでは必須の要素です。